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19.悲しい微笑と魅惑の微笑 [蒼ざめた微笑]

ベングト&ロッタ エプロン キャンディ 【クリッパン社】



 東京に戻って来た時には、すっかり日が暮れていた。

 珍しく、月が笑っている空の下で、ネオンと車のライトと信号の光が喧嘩していた。私のジープはイライラしながら、その中に突入して行った。

 途中で、冬子から電話があり、歯医者の高橋とモデルの中川美喜に電話を入れた。

 冬子はビーチハウスまで迎えに来てくれと言った。関越を走っている時で、迎えには行けないと断った。それじゃあ、仕事が終わったら、ビーチハウスに来てと言った。静斎も楽しみに待っているという。早めに終わったら行こうと返事をした。

 高橋は期待して私の電話を待っていた。私は彼の期待には答えられなかった。一日中、東山を捜し回り、群馬県まで来たが、手掛かりは何もつかめないと嘘をついた。高橋はがっかりした声で、そうかと言っただけで、詳しい事は聞かなかった。明日の昼、彼が東山と会う現場に一緒に行って、彼を捕まえるしかない、と私は言った。一緒に行って取り引きが済んだら、東山を捕まえて、残りの写真がないか調べてくれと彼は言った。ただし、自分の名前は絶対に出さないようと念を押した。五百万は用意するのかと聞くと、仕方がないと答えた。申し訳ないと思ったが、その事に対しては何も言わず、明日の約束をして電話を切った。

 モデルの美喜は留守だった。ひろみは携帯電話の番号を知らないし、所属している事務所も知らないと言う。嘘をついているのかもしれなかった。

 静斎の屋敷に着いたのは八時近かった。相変わらず、静まり返っている。いつ来ても、この辺りは静かだ。この静けさにも金を払って権利を買っているのだろう。

 私はジープを玄関の前まで静かに乗り入れた。

 玄関のベルを押すと、ひろみが出て来た。今日のひろみは亭主の帰りを慎ましやかに待っている若奥さんを演じていた。髪の毛を後ろで束ねて、可愛いエプロンをしている。残念ながら私は彼女の亭主ではなかった。

「あら、まだ、紀子さんを捜してたの?」とひろみは言った。

「仕事ですからね。なかなか似合いますね、そういう格好も」

「ありがとう」

 フフフと彼女は笑った。

「あなた、人妻が好きなんでしょう?」

「まあ、家庭的な女も好きですね。お母さんはいますか?」

「あなたのお母さんはいないわ」

 彼女は私を中に入れてくれた。私が応接間の方に行こうとしたら、ひろみは応接間と反対側にある和室に案内した。

 そこは静斎夫婦の居間らしかった。八畳の和室が二部屋続き、静斎夫人は奥の部屋で、こたつに入ってテレビを見ながらお茶を飲んでいた。食事の後らしく、食器やなべなどが、そばに重ねて置いてある。後ろ姿がやけに淋しそうだった。気まぐれな静斎を待ちながら、数え切れない程の夜を一人で過ごして来たのだろう。

 ひろみは食器を抱えて台所に行った。

 私は勧められて、こたつに入った。

 静斎夫人はお茶を入れてくれた。熱いお茶は非常にうまかった。

「紀子の事、何か分かりましたか?」と夫人が静かな声で聞いた。

「いえ、まだ、どこにいるのかは分かりません。分かってるのは、日曜日に紀子さんは隆二さんと会ってるという事だけです」

 私は夫人の顔を見た。別に変化はなかった。隆二の事は諦めてしまったのか、それとも、彼を信頼しているのか分からなかった。

「隆二は今、どこにいるのですか?」と静かな声で夫人は聞いた。

「高崎にいます」

「高崎?」

「はい。群馬県の高崎です」

「どうして、そんな所にいるんです?」

「友達がいるんだそうです」と私は言った。複雑な事情は隆二自身の口から言うべきだと思った。

「もうすぐ、うちに帰ると言っていました」

「本当に、あの子は帰って来るのでしょうか?」

「私に、必ず、帰ると言いました」

「そうですか、隆二は帰って来ますか‥‥‥あの子がうちを出たのも私のせいなのです‥‥‥あの子は元気でしたか?」

 淋しそうな声だった。疲れているようでもあった。

「ええ、元気でした」

「そうですか‥‥‥あの子の事は心配してませんでした。子供の頃からしっかりした子でした。紀子の面倒もよくみてやっていました‥‥‥そうですか、隆二もやっと帰って来てくれるんですね」

 夫人は両手で包んだ茶碗をじっと見つめていた。そして、かすかに微笑した。何もかも諦めてしまったような悲しい微笑だった。

「静斎さんはビーチハウスの方ですか?」

「はい、お仕事をしに行きました」

「奥さんにお伺いしたい事があるんですけど」

「紀子の事ですか?」

 夫人は静かに頭を上げて私を見た。その淋しそうな目は隆二の目と似ているような気がした。

「関係ありますけど、奥さんと流斎さんの事です。なぜ、あなた方は村を出たのですか?」

 一瞬、夫人の顔が緊張したようだった。そして、ゆっくりとお茶を飲んでから、落ち着いた声で言った。

「それと、紀子の事がどう関係あるのです?」

「紀子さんはその事を知りたがっていたような気がします。紀子さんの本当のお母さんは、その事を知っていたようです。その事で、流斎さんを脅していたのかもしれません。紀子さんは隆二さんから話を聞いて、流斎さんが本当のお母さんを殺したと誤解しています。本当の事を知るために、紀子さんは月曜日に湯沢の山荘を訪ねたのではありませんか?」

「いいえ、紀子は湯沢には来ませんよ」

「確か、その日、上原和雄さんが一人で留守番してましたね。そこに、紀子さんが来ました。二人の間に何かやり取りがあって、二人して山を降りて行ったのではありませんか?」

「いいえ、違います」

 夫人は首を振っていた。

「和雄さんは一人で帰って行きました」

「上原さんが帰るのを見たのですか?」

「ええ、見ました。彼は一人でした。紀子は山荘には来ません」

「そうですか‥‥‥上原さんはなぜ、一人で帰って行ったんですか? 確か、モデルさんを連れて行ったと聞きましたが」

「電話があって、急なお仕事ができたって言ってました。和雄さんはしばらく、ヨーロッパでお仕事をして来ると言って帰って行ったのです。彼はよくお仕事で外国に行くんです。モデルの中川さんはその時、スキーに行っていました」

「どこからの電話だったか分かりませんか?」

「いいえ。ただ、冬の北欧の写真を撮るとか言っていました」

 夫人の声は絶えず、無表情で落ち着いていた。嘘をついているようには思えないが、何となく、沈み過ぎているように感じた。疲れ過ぎているのかもしれなかった。

 夫人はぼんやりとテレビを見ていた。テレビでは『御宿かわせみ』が始まる所だった。きっと、高崎にいる隆二もこれを見ているに違いない。

「流斎さんはなぜ、村を出たのですか?」

 私はもう一度、聞いてみた。

「それは言えません。もう昔の事です。紀子とは関係ありません。それに紀子は大丈夫ですよ。すぐ、帰って来ますよ‥‥‥ごめんなさい。ちょっと疲れたので失礼します。ゆっくりして行って下さい」

 静斎夫人は隣の部屋に消えた。隣の部屋も和室のようだった。

 私はきゅうすからお茶をもう一杯もらって飲んだ。

 ひろみがホールの方で手招きしていた。私はひろみに操られている人形のように、ひろみの方に向かった。

「話があるの」とひろみは私の耳元で甘えるように言った。

「私もです」

 ひろみはホールの突き当たりにある部屋に私を案内した。そこはホテルの一室のような部屋だった。ベランダが付いていて、ダブルベッドと机と洋服ダンスとテレビが置いてあった。

 ひろみはストーブのスイッチを入れ、「ちょっと待ってて」と言うと、どこかに消えた。

 私はベッドの上に腰を下ろした。

 屋敷の中は静まり返っていた。たった一人で山の中の一軒屋のホテルに泊まっているような錯覚をおぼえた。

 ベランダに出てみた。細長い裏庭は殺風景だった。ただ、隅の方に弓の的のようなものがある。紀子がここで弓道の稽古をするのだろう。高い塀の向こうには隣の家の明かりが見えた。

 しばらくして、ひろみが得意の変身をして現れた。髪は綺麗に一本の無駄もなく滑らかに肩に掛かっている。唇は情熱的に燃え、形のいい胸を誇らしげにセーターに包んで、長いスカートをひらひらさせながら優雅に入って来た。甘い香水が私の鼻を刺激した。彼女は椅子に腰を下ろすと天使の微笑をしてみせた。大した役者だった。私は悪魔の微笑を返してやった。

「お母さんに何を言ってたの?」

 ひろみが甘い声で聞いた。

「ひどく疲れてるみたいですよ」

「いつも、人の心配ばかりしてるからよ。みんな、好き勝手な事をしてるのに、お母さんは一人で心配してるのよ」

 ひろみは組んだ足を揺らしながら横目で探るように私を見ていた。何かをたくらんでいるような感じだった。

「ここは客間ですか?」

「そうよ。お客さんが泊まるの。この隣も、その隣もそうよ」

「ホテルみたいですね」

「泊まって行く?」

「いいんですか?」

「いいんじゃないの。どうせ、空いてるんだから」

 ひろみはテレビのスイッチを入れた。四、五人の男の子が踊りながら歌を歌っていた。

「ところで、私に話って何ですか?」と私は聞いた。

「あなたの方から、どうぞ。あたしに聞きたい事があるんでしょ?」

 彼女は椅子の背もたれに肘を乗せて、その上に顔を乗せて、私を見ていた。まるで、絵のポーズでも取っているようだ。

「あなたに聞きたかったのは月曜日の事です。覚えてます? 上原さんが帰った日です」

「あなたも随分、仕事、熱心なのね。人の事を探るのがそんなに面白いの?」

 彼女は首を傾げて、覗き込むように私を見つめていた。吸い込まれてしまいそうな深い目をしていた。

「面白いですね」と私は言って笑った。

「あなたみたいな人にも会えるしね。色々な人間に会えます。みんな、色々な問題を抱えて生きてますよ」

「あたしも問題を抱えてるのよ」とひろみは美しく微笑した。

 その微笑は、もし、スクリーンに映っていたら、男共が溜息をつきながら見とれてしまう程、価値のある微笑だった。

 私の頭は混乱して来た。私の中のもう一人の私が、彼女が何をたくらんでいようとも、彼女の罠(わな)にはまって、楽しい一夜を過ごせと囁いていた。上等なコニャックを片手に、古いフランス映画を見ながら、夢のような一夜を過ごすべきだと囁いていた。

「あなたの問題は、とても難しそうだ」と辛うじて私は言った。

「まず、私の質問に答えて下さい。月曜日ですが、上原さんはずっと一人で留守番していたんですか?」

「多分、そうなんでしょ」と彼女はそんな事どうでもいいというような調子で、そっけなかった。

「もしかしたら、どこかの女の子でも連れ込んだかもしれないわね。写真を取ってあげるとか何とか言って、うまいんだから、そういうの。でも、そんな事まで、あたしは知らないわよ。膝の怪我だって怪しいわ。その日、ちゃんと車で帰ってるんですもの」

「どこで、怪我したんです?」

「さあね。ナイターに行って、高い所から落ちたって言ってたけど、きっと嘘よ」

 ひろみは両手を伸ばすと指を反らせて爪を眺めていた。左手の薬指にルビーが光り、人差し指にバンドエイドが貼ってあった。

「誰かと会う約束でもあったんでしょうか?」

「かもね。前の日にスキー場でナンパして、調子いいから、俺の山荘に来ないかって誘ったのかもね」

 彼女は親指を軽く唇に当てて言った。

「でも、失敗したんじゃない。昼頃、うちの人が帰ってったわ。急にひらめいたから本を書くって言ってね。それに、仕事の電話もあったらしいし」

 彼女はテレビの歌に合わせてリズムを取り出した。

「上原さんの車はBMWですか?」

「あら、よく知ってるわね。白のBMWよ。あなたは何に乗ってるの?」

「私のは、そんな高級車じゃありませんよ」

「あら、そう。今度、乗せてよ」

「ええ。いつでも喜んで」

 ひろみの胸はテレビの歌に合わせて踊っていた。どうやら、セーターの下は何も付けていないようだった。

「その日ですけど、お母さんはずっとスキーをしてたんですか?」

「知らないわ」と彼女は踊りをやめ、両指を組んで背もたれの上に乗せて、指の上に顎(あご)を乗せた。

「お母さんは古山さんたちと一緒にいたはずよ。あたしは美喜ちゃんと一緒だったの。あの娘、可愛いのよ。まるで妹みたいにあたしになついてるわ。きっと、今度の映画に出たいのよ。あたし、彼女を出してやろうと思ってるの」

「その美喜ちゃんですけど、さっき、電話したら留守でしたよ」

「あ、そう。あなたもわりと手が早いようね?」

 ひろみは笑っていた。私が彼女の虜(とりこ)となるのは時間の問題と言えた。

「仕事です。今、どこにいるんでしょう?」

「残念ね。しばらく、田舎に帰るって言ってたわ。美喜ちゃんの田舎、教えてあげましょうか?」

「ええ」

「福島よ。海が見える所だって言ってたわ。あなたなら、きっと、見つかるわよ。捜してみたら」

「そのうち、捜しますよ」

「頑張ってね、フフフ」

「話を戻します。あなたの旦那さんは昼頃、山荘に帰って、ずっと、仕事をしてたんですか?」

「仕事はしてたらしいけど山荘にはいなかったわ。次の日の昼頃、帰って来たの。シナリオのための資料を調べに行ってたみたい」

「どこに?」

「新潟よ」

「新潟?」

「そうよ。よく、あるのよ。本を書いていて、急に分からない事にぶつかると、どうしても資料を必要とするのよ。湯沢にいる時は新潟の図書館まで行くの。いい加減に書く事ができないのよ」

「へえ。大変ですね」

「ねえ、彼、素敵じゃない?」と彼女はテレビを見ながら言った。

 男だか女だか分からない細っこい二十歳位の男がマイクを振り回しながら、頼りない声で歌っていた。

「あんなのが好きなんですか?」

「可愛いじゃない。何となく、構ってやりたくなるのよ」

 彼女はフフンと笑って、私の方に身を乗り出して私を見つめた。

「ところで、あなたは信用できるの?」

「信用してもいいですよ」

 ひろみは冷たく鋭い目をして私を見つめた。心の中まで、すっかりと見られたような気がした。

「そう」と彼女はニコッと笑った。

 冷たい目が急に燃え出した。

「いいわ、信用するわ。あなたにお願いがあるのよ」

「旦那さんの浮気調査ですか?」と私は笑いながら聞いた。

「うちの人は浮気なんかできる人じゃないわ。そんな事じゃないの。もっと大事な事よ。絶対、秘密を守ってくれるわね」

 彼女は唇をかんで、真剣な表情で私を睨んだ。

「守りますよ。何をしろって言うんです?」

「あたし、あなたを信用して頼むのよ。絶対、裏切らないでね」

 彼女の目には、裏切ったら絶対、ただではすまないからという気迫がこもっていた。

「依頼人の秘密は絶対に守りますよ」

 彼女はよろしいと言うようにうなづいて、私の隣に移動した。

「絶対に秘密よ」と言うと、私の手を取った。

 私はうなづいた。

「あたし、前に上原君に写真を撮らせた事があるのよ。酔ってたんだわ。彼にヌードを撮らせちゃったの。二十代最後の思い出にって、パアッと脱いじゃったのよ。あの人はそれを何に利用するか分からないわ。どうしても、あの写真は人に見られたくないの」

「パアッと脱いだんですか?」

「そう、パアッとね」

「どこで?」

「誰もいない海辺よ」

「彼にゆすられてるんですか?」

「いいえ、違うわ。そんな事ないわ。でも、今度、映画を撮るでしょ。彼が邪魔するかもしれないのよ‥‥‥あなたにその写真を取って来てほしいの、お願い」

 ひろみは手を合わせて、私を上目がちに見つめた。本当に困っているように見えた。大抵の男はこういう女にこうまでして頼まれると、いやとは言えない。私も決して例外ではなかった。彼女はそれをちゃんと知りながら立派に演技していた。

「その写真はどこにあるんです?」

「彼の部屋よ。ファイル・キャビネットにちゃんと整理してしまってあるわ。すぐ、分かるわよ。中崎Hって書いてある所に写真とネガが入ってるわ。両方共、持って来てもらいたいの」

「残念ながら、私は映画やテレビの探偵と違って、部屋の鍵を簡単にあける芸当なんて知りませんよ。まさか、三階の窓から忍び込めとでも言うんですか?」

「それは大丈夫よ。あそこの管理人は酔っ払いよ。十時頃には酔っ払って寝てるわ。管理人室に鍵も掛けないで寝てるのよ。鍵は壁にぶら下がってるわ。まるで、ホテルのように順番にね。三十二号室の鍵をちょっとだけ借りればいいだけよ」

 彼女は何でもない事のように説明した。

「随分、詳しいんですね」

「あたしもやろうと思った事があるのよ。でも、見つかったら怖いし、できなかったの。あなたならできるわ」

「私なら見つかっても平気だっていうわけですか?」

「見つかりっこないわよ。彼は今、ヨーロッパよ。こんなに早く、帰って来るはずないわ」

 彼女の目が切実な願いを込めて私を見つめていた。

「しかし、これは犯罪になりますよ」

「いいえ、肖像権の問題よ。あたしはただ、あの写真を上原君に預けてるだけなの。それを返してもらうだけなのよ。上原君が文句を言ったって大丈夫。あたし、彼の弱みを握ってるんだから」

「それじゃあ、どうして、直接、返してもらわないんです?」

「返してもらうはずだったのよ。湯沢から帰ったら返すって約束したのに、彼はヨーロッパに行っちゃったのよ」

「昨夜、上原君の部屋に行ったのは、そのためだったんですか?」

「そうなのよ」

「風景写真じゃなくて、ヌード写真だったんですね」

「風景写真もだけど、ヌードの方があたしにとっては切実なの」

「分かりました。やってみましょう」と私はうなづいた。

「これは仕事として受け取っていいんですね?」

「どっちでもいいわよ」

 彼女は魅惑の微笑をした。

「仕事として受け取ってもいいし、私の個人的なお願いと受け取ってもいいわ。あなた次第よ」

「仕事とお願いでは報酬が違うっていうわけですか?」

「さあ、どうかしら?」と彼女は私にもたれ掛かってきた。

 ひろみの顔が私の顔のすぐそばにあった。

 私はひろみの肩を抱き寄せた。彼女は逆らわなかった。私の唇が、半ば開いている彼女の唇と重なった。彼女は両手を私の首に回して、ベッドの上の倒れた。もう一度、キスをした後、彼女は、「続きは後で」と言って起き上がると私をベランダの方に連れて行った。

 ひろみはベランダの端にある非常用のはしごを示した。

「ここを昇ると二階に行けるの。上は開けておくわ」

 私はうなづいた。

「あたしの部屋は分かるわね?」

「ええ」

「待ってるわ」

 話がつくと、ひろみはハンカチで私の顔を拭いて、早く行ってらっしゃいとせきたてた。まだ時間が早いと言ったが彼女は聞かなかった。

 私はしぶしぶと彼女の甘い香りに別れを告げて、冷たく乾いた木枯らしの吹く外に出た。

 ひろみは玄関まで付いて来て、「頑張ってね」と可愛く笑って見送った。

 私は片手を上げて返事をすると空を見上げた。

 蒼ざめた月が嘲笑していた。


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