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23.暗くなるまで待てない [蒼ざめた微笑]

ロシアンセーブルコート



 東山捜しの仕事は浜田と高橋が手を結び、私はのけ者にされた。改めて東山から連絡があったとしても、高橋は私に助けを求めては来ないだろう。勝手にしろ。浜田と手を取り合って、東山を捜せばいい。高橋のために痛い目に会って、勝ち取ったのは何の役にも立たない浜田の信用だけだった。浜田は私をおだてて私の依頼人になり、聞きたい事を私から聞き出した。奴が依頼人になった以上、私は吉野ゆかりの名前を死んでも誰にも喋らないというわけだ。くそったれ、奴らに負けてたまるか‥‥‥しかし、東山は本当に写真を持っているのだろうか。写真は持ってるかもしれないが、ネガは上原が持っているのかもしれない。やはり、上原の帰りを待つしかないのか‥‥‥

 私は旅行関係の雑誌を出している出版社に片っ端から電話して、東山の事を聞いてみた。徒労に終わった。東山を名乗る雑誌記者は見つからなかった。初めから期待していなかったが、これで手掛かりはすっかり消えてしまった。

 いや、待て。東山にゆすられていたのは高橋と吉野ゆかりだけではないはずだ。私は上原のキャビネットに並んでいた名前をもう一度、確認した。名字と名前のイニシャルだけなので、手のつけようがなかった。それでも、パソコンに入れて整理してみた。まず、男と女に分けた。九人の男で分かっているのは、高橋S(真一)だけだった。三十五人の女で分かっているのは、尾崎H(浩子)、加山E(恵理子)、中川M(美喜)、中崎H(ひろみ)、藤沢N(紀子)、森村N(奈穂子)、吉野Y(ゆかり)の七人だった。

 上原のヘアヌード写真集を眺めた。十五人の娘たちが裸になっていた。皆、どこにでもいそうな娘で、顔立ちは人並み以上に可愛いかった。娘たちの名前はカタカナで書いてあるが名字は書いてない。キャビネットの名前と比べてみた。フミエという娘が安岡F、ヒトミという娘が山本Hに該当するのが分かった。Fというイニシャルを持つ女は一人だけだった。Hというイニシャルを持つ女は三人いたが、尾崎Hが浩子、中崎Hがひろみなので、残る一人、山本Hがヒトミだろう。他の十三人の娘たちのイニシャルは二つ以上あり、決めつける事はできない。ただし、写真集の名前がいい加減な偽名だとしたら何にもならなかった。

 この中に高橋と同じように、大金を要求されている者がいるはずだった。何とかして見つけ出さなければならないが、その方法は分からなかった。パソコンからプリントした名前の一覧表とにらめっこしていると、ひろみがやって来た。

 毛皮のコートに甘い香りを漂わせて、スターの登場という感じで、ひろみは薄汚い事務所に現れた。

「あなたが困ってると思ってね」

 ひろみは得意の笑顔を見せながら、ハンドバッグから分厚い封筒を出して私に渡した。

 中には請求した以上の金が入っていた。

「多すぎますよ」と私は言った。

「お母さんがくれたのよ。貰っておけば。紀子さんだけじゃなくて、隆二さんも見つけてくれたお礼だって」

「隆二さんの事は偶然ですよ」

「でも、わざわざ、高崎まで行ったんでしょ。さっき、隆二さんから電話があったわ。明日、帰って来るって。お母さん、涙を流して喜んでたわ。あなたのお陰だと思ってるのよ」

「そうですか‥‥‥それじゃあ、喜んで」

 私は封筒を引き出しにしまった。

「今日はもう終わりでしょ?」とひろみは部屋の中を見回しながら聞いた。

 時計を見た。もう五時を過ぎていた。私は一覧表を引き出しにしまうと、うなづいた。

「今晩、予定はあるの?」

「予定ですか‥‥‥暗くなったら、あなたの部屋に忍び込もうと思っていただけです」

「ほんと?」

 彼女はサングラスをはずして私を見つめた。

 私はうなづいた。

「あたしも今晩、あなたが来るような気がしてたの。でも、暗くなるまで待てなかったわ」

 ひろみは波うっている髪の毛をかき上げながら、可愛らしく笑った。

「もしかしたら、俺も待てなかったかもしれない。しかし、あの屋敷に行く理由はもうなくなった」

「どうして? あのお屋敷に行くのに理由なんかいらないわ。あそこに住んでる人たちは、みんな、気まぐれなのよ。理由なんか一々考えたりしないの。思いついたら、すぐ、行動するのよ。あなたが毎日、あそこに行ったって、誰も、どうして来たなんて理由なんか聞かないわ。来たければ気楽に来ればいいのよ」

「そうなんですか?」

 ひろみはソファーに座るとハンドバッグとサングラスをテーブルの上に置いた。

「そうよ。何なら、あなた、あそこの客室に住んだって構わないのよ。今は空いてるけど、昔は居候(いそうろう)がいたのよ。お父さんのお弟子さんよ。結婚して家庭を持っちゃったんで出てったの。上原君だって、大学を卒業してから一年半くらい居候してたのよ」

「らしいですね。『オフィーリア』のマスターから聞きましたよ」

「その頃の上原君はまだ絵をやってて、『オフィーリア』でバイトしてたわ。でも、紀子さんに馬鹿にされて、絵をやめたの。写真に転向してから出てったのよ」

「紀子さんに馬鹿にされて絵をやめたのか‥‥‥」

「あたしも詳しい事は知らないけど、そうらしいわよ。紀子さん、芸術に関しては口がきついから、上原君が傷つくような事を言ったんじゃないの」

「自分に対しても厳しそうだからな、紀子さんは。中途半端な奴は許せないのかもしれない」

「妥協は絶対にしないわね、あの娘は。体を張ってるわ、音楽に。大した娘よ。あたしも負けられないわ」

「紀子さんはいつ帰って来るんです?」

「分からないわ。もう少し、金沢にいるって言ってたわ」

「そうですか‥‥‥」

「だからね、あのお屋敷に出入りするのに遠慮なんかいらないのよ。分かった?」

「分かった。俺も気楽にお邪魔する事にするよ」

 私もソファーの方に移って、ひろみの正面に座った。ひろみは黒いブーツをはいた足を斜めに揃えて座っていた。毛皮のコートの下にはグレイのスーツを着ていて、首には真珠が輝いていた。

「でも、気楽に堂々とあたしの部屋には来ないでね。お母さんに見つかったら、あたしまで追い出されちゃうわ」

「やはり、見つかったらまずいですか?」

「そりゃ、まずいわよ。あたしはあのうちの嫁なのよ。淳一は何でもお母さんの言いなりなの。お母さんが別れなさいと一言、言えば、あたしなんて、はい、さようならよ」

「淳一さんはマザコンなんですか?」

「らしいわね。一緒になる前は知らなかったけど」

「会った事ないので何とも言えませんが、隆二さんや紀子さんを見てると、そのお兄さんがマザコンだとは信じられませんね」

「お父さんのせいなのよ。お父さんは淳一が九歳から十七歳までの間、うちにいなかったのよ。一番、父親を必要としていた時期に、お父さんはよその女と暮らしたり、海外に行ったりしてたの。お母さんはその九年間、一人で三人の子供の面倒をみてたのよ。そんなお母さんを見て育ったから、マザコンになっちゃったのかもしれないわね。十七の時、お父さんは帰って来たけど、淳一とお父さんの間は未だに、しっくり行ってないわ。淳一は隆二さんのようにお父さんに向かって、堂々と反抗する事はできなかったのよ。お父さんを憎む反動として、マザコンになっちゃったんじゃないかしら」

「へえ、あんな豪邸に住んでいても、色々と問題はあるもんだな」

「そりゃ、そうよ。お金に困る事はないかもしれないけど、その分、贅沢な問題が色々と起こるのよ」

「あなたも贅沢な問題を抱えてるようですね?」

「あたしのなんか贅沢とは言えないわ」とひろみは呟いた。

 何となく、ひろみの弱気な面を見たような気がした。が、すぐに立ち直った。

「話の続きは食事をしながらよ」と笑うと、私の手を取って立ち上がった。

 私とひろみはジャガーに乗って、一流ホテル内のレストランに向かった。

 ひろみはワインを飲みながら陽気に喋っていた。

 食事中、私の携帯電話が鳴った。こんな時、邪魔する奴は誰だと思ったら、冬子だった。

 この間のスナックでカラオケしてるから来ないかと言う。どうやら、東京に帰って来たようだ。

「今、新しい依頼人と会ってるから行けないよ」と私は断った。

「はげ頭は見つかったんですか?」

「あれは終わった。依頼人に逃げられたんだ」

「まったく、何やってんの。やっぱり、現実の探偵は情けないのね。今度の仕事は大丈夫なんですか?」

「今度はうまくやるよ」

「気が向いたら来て下さい。この前、あなたと一緒にデュエットした娘、覚えてます? アッコっていうんだけど、あなたに会いたいんだって。あなたの事シブイって言ってますよ」

「悪いけど、今日は遠慮しておくよ」

「もしかして、新しい依頼人て女の人?」

「そうだ」

「すけべ。また、鼻の下、伸ばしてるんでしょ」

「そんな事はない」

「また、殴られればいいわ」

 そして、電話は切れた。

「お友達?」とひろみが聞いた。

「ええ。変わった奴でね。飲みに来ないかって誘いの電話だった」

「行かなくていいの?」

「いいさ。疲れるだけだ」

 ひろみは笑った。

「あたしと一緒にいても疲れるかもしれないわよ」

「君となら疲れてもいい」

 フランス料理の後はそのまま、ホテル内のバーに移って、彼女はコニャック、私はバーボンを飲んだ。

 私は乗って来たジャガーの事を心配していたが、そんなのは心配する程の事ではなかった。私たちが酒を飲んでいる間に、ジャガーは綺麗に磨かれて屋敷のガレージに戻っていた。

 ホテルを出た後、私たちは夜の街を散歩して、タクシーに乗って私のアパートに向かった。

 ベッドの中でひろみは、自分は子供を産む事のできない体だと言った。自分の不注意で流産してしまい、子供が産めなくなったのだと言う。静斎も夫人も淳一も子供ができるのを楽しみにしていた。しかし、もう産む事はできない。淳一がモデルの美喜と浮気している事が分かっても、負い目を持っているので責める事ができなかった。もし、美喜が淳一の子供を産んだら、夫人のように自分の子供として育ててもいいと思っている。淳一が自分よりも美喜の方を選んで、別れようと言えば、それも仕方がない。ただ、次の映画だけは、どうしても完成させたいと言っていた。


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